5月7日水

昨日にひきつづき・・・「堺探訪」
妙国寺

堺一ストーリーのあるお寺・・・日蓮宗のお寺
400円の拝観料がかかるが、ボランティアの説明もあり、
立派な蘇鉄の埋まった小堀遠州(徳川の家来)の作ったお庭、
珍しいお宝が沢山展示してあるので、拝観したほうがお得です。
利休の茶杓、ルソン壷(展示は期間あり)
ルソンの壷は利休が織田信長に贈るも不評で戻ってきたとか・・・
秀吉からのお菓子箱やら、織田信長の寄贈のあわび、
土佐烈士等の遺品、切腹前の辞世の歌、髪の毛、刀、血の付着した三宝、生々しいです。
加藤清正奉納の宝剣など・・・
正岡子規の句碑「朝霧や蘇鉄見に行く妙国寺
徳川家康の歌碑「妙なりや国にさかゆる そてつぎの ききしにまさる一もとのかぶ」
お庭も綺麗なので是非・・・
土佐烈士11人の墓・・・枯葉のごみ袋が・・・^^;

1868年2月 フランス水平と町を警護していた土佐藩士のいざこざから
フランス兵11人死亡させた罪で妙国寺切腹した。その烈士の墓
妙国寺切腹させられた武士の埋葬されたのは向かいの真言宗の墓。
近くなのでそこに葬られたそうで・・・
なんとも大阪人らしい臨機応変で合理的な感じ。

本願寺堺別院


京都にも本願寺がるが・・・大阪にも堺別院があるのですね。
昔は県庁のような役割を果たした頃もあった。
今は、ひっそりとしていてさびしい感じ。

住吉神社

住吉大社は昔はこの一帯も大社の一角であったようで広大であったようだ。この辺りも云わば、大社の一角であったのだろう。
極楽橋

お墓への通り道だったよう・・・
調べるとそれぞれ由緒があるようで・・・
歴女、歴男が楽しめそうな堺の街である・・・
もっと、街ぐるみで取り組んで活気ある街になればと思う。が
予算やら市政も大変なんでしょう・・・
ひっそり感が売りなんでしょうか・・・。^^;
来年は新しい歴史館のようなものができるようですが・・・
食レポ・・・
本願寺近くの昆布屋 「浅卯」072-233-0637 山椒昆布美味しかった。
茶寮 つぼ市製茶本舗 喫茶店のようで 抹茶あんみつが美味しかった。
072-227-7809 http://www.tsuboichi.co.jp/saryo
妙国寺 近くのバナナの問屋も穴場らしい・・・。
ニッキ餅---「八百源」http://yaogen.shop-pro.jp/
けし餅---「小島屋」http://keshimochi.com/
は堺の昔からの銘菓

さて・・・堺には寺社仏閣が多いのは・・・中世の戦国時代、身内同士でさえも争った世、宗教に頼っただろうという。堺では豪商の代表が町を司っていて、平和な町だったというが、6〜7万人の人口に225もの寺社仏閣があったそうだ。豪商が寺社仏閣を開場したという。その当時、「補陀落渡海」という集団自殺も横行していたという。それも富める人々でさえも海に飛び込んで自殺しているというのだ。栄華の世でも明と暗は紙一重なのだろう。今の世も。
伝説的な納屋助左衛門(堺戎町の豪商1593年頃にはフィリピン等へ渡航貿易活動をしていたらしい。)は屋敷を大安寺に寄進しカンボジアへ亡命したといわれている。私はカンボジアアンコールワットに旅行に行った時に仏像に日本の武士らしき名前の刻みがあったことを思い出しました・・・・。その時代に日本人はカンボジアにも渡航していたのでしょうね・・・。
16世紀の活気ある世界の大航海時代のロマンは尽きません・・・
さてさて、歴史深い堺の町、第二次世界大戦の大火でほぼ消滅・・・建て直しされたりしての現在・・・戦争は財産の消失でしかありませんね。