6月26日月

夫の里は山口県の徳山に行って参りました・・・。
梅雨でしたが行きたいところへは小雨となって良かったです。
行ってみたかった、
防府山頭火のお墓や生家を見ることができました。
夫のお父様の里の大畠で大島の綺麗な海も見ることができました。

また、幕末に活躍した「月性」という僧の存在も知ることができました。
西(萩)の「松陰」、東の周防の「月性」と言われたそうです。
久坂玄瑞を「松陰」に紹介したのは「月性」です。二人は対面こそできません
でしたが、手紙のやり取りをしていた仲でした。
おそらく、外国の脅威から国を守るために、
国一丸となり差別なき民の一致団結を説いた最初の人達であろうと思います。
幕末の歴史も感慨深い物がありました。
僧「月性」はあまり世には知られれていない偉人だと思います。
↓大畠の妙心寺に「月性」は生まれた。福岡では漢詩を学び、京都に遊学もした。
その際に志の漢詩を残し京都へ発った↓。

男児 志を立てて郷関を出づ 学若し成る無くんば復還らず
骨を埋む何ぞ期せん墳墓の地 人間至る処青山有り」

と刻んで京都に発ったという。
漢詩の達人とも言われる。42歳で病気で没している
翌年、安政の大獄で松陰は処刑された。
海外からの侵略から国を守りたいという志があったのだと強く印象に残った。
山にはコケモモの実がたわわになり、
もったいなくも地べたに赤く落ち積もっていた。実は甘酸っぱかった。
後日、夫の、妹さんの住んでいる、防府へ向い、
山頭火の生家跡↓と墓地がある御寺を教えてもらった。

↑道路にポツネンと生家跡が・・・昔はこの土地一帯の大地主であったらしい。
今年の10月に記念館が新しく設立されるらしい。

↓「護国寺」行く道の水路には水が美しくメダカや藻が綺麗で涼やかだった。


種田山頭火のお墓 綺麗に整備されて綺麗な御寺でした。

ひっそりと建っているお墓にお参りをした。
山頭火の梅雨の頃の歌に・・・(昭和7年6月4日)
「梅雨雲の霽(は)れまいとする山なみふるさと」
「仲よく連れて学校へいそぐ梅雨ぐもり」
6月21日
「これで田植ができる雨を聴きつゝ寝る」
「花いばら、こゝの土とならうよ」
私の気に入ったのは
「ふるさとの言葉のなかにすわる」というのがありました。
この句に「・・・梅雨曇」と季語をつけてもらうと気持ちがホッとする感じ。
いや、明るく「梅雨晴間」か・・・
防府駅近くの公民館で資料館があったので立ち寄って帰った。
変な話、地元の方は「山頭火」にはあまり関心が無い方も多いとか
地元の方は、不幸な出来事があったことを隠したいという気持ちも大きいようで
山頭火もしかり、金子みすゞもしかり、中原中也もしかり・・・なのだろうか?
でも文学的にすごい作家であるのだから、堂々と評価してあげたい。

さて、
山口を後にして
大阪に帰る途中、
姫路の友達と会って帰った。
また、姫路城に行こうと誓って、ランチをして、大阪に帰った。

駅から見える「姫路城」梅雨空に白く浮き上がっていた・・・
また、友達は思慮深く、10歳も歳下なのに
いろいろと心癒してくれた・・・。ありがと・・・・
姫路から大阪へは新快速で1時間で案外近く、
途中、明石大橋が見えたが、写真を撮り損ねた・・・
懐かしの神戸も通り・・・
いい旅でした・・・。